鳥取県米子市で占い、カウンセリング、ヒーリングをしています。
夫婦でセラピストをしていますので、嫁さんと読んだ人の人生が楽しくなるよう話を書いていきたいと思います。
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ホープとケア
JUGEMテーマ:人生論
 
この前の日記で書いたように「ホープとケア」の話です。

この「ホープとケア」って考え方は「素質論」って言うので出てきます(詳しくは前の記事を見てね)

「ホープ」直訳すれば「希望」で、「ケア」直訳すれば「注意」です。この場合の注意は「誰かの行動を注意した」とかではなくて「注意して見た」とかの方の意味です。

これは、行動とか考え方に影響します。

イメージ的には「ホープ」は「ポジティブ」で「ケア」が「ネガティブ」です。

ただ、これは組み合わせでかなり変化するんです。

僕の場合は1つの生年月日から「5つ」の素質を見ています。その中で特に行動に関係する所の組み合わせで違ってきます。

それと「ケア」であっても行動は早い人はいます。

ホープの人は「出来る事を思いつきます」

ここなんですよ〜僕が嫌いな(笑)ポジティブシンキングを正当化してしまう理由は〜

ポジティブシンキングでは「出来ると思え」と言われます。出来ると思い込めば出来るんだとね。
でもね〜ホープの人は「出来ると思ってる事しか思いつかない」のですよ。

この違いは大きいのですよ。

逆に言うと「出来ない」と思っている事を「最初から選択しない」のです。
なので当然として何かをやろうとしている時は「出来る」と思ってますし、「出来る」と思い込む事は簡単です。

なので「ホープ」の人の特徴に「大失敗」をすると、それを二度とやろうとしなくなるってのがあるんです。

「出来る」と思ってるからそれを「やろう」と思いついたでも、実際にやってみると出来ないこともあります。そこで失敗すると今度は「出来ない」って事がわかります。
なので次からは「やろう」と思わなくなるんです。

確かに脳は「出来る」と思い込めば「騙されて」出来るようになります。
しかしホープの人の場合は実は「思い込む」以前に「出来る」と思っているからそれを選択してるんです。

その反対に「ケア」な人はと言うと・・・・ちょっと複雑です。

「出来ない事を考えます」

多くのケアな人は、「出来ない」事を消去して行き「出来そうな事」を選択するんです。
この方法は普段の生活ではそんなに問題はないのですが、「やりたい事」とか「夢」を探す時には問題になります。

本来、ケアな人と言うのは「ケア」の直訳の通りに「注意」してるんです。何かをするときにはそれを注意深く見てるんです(こう言うとホープの人が思慮が浅いみたいに聞こえますが・・・)

だから例えば「テニスをしよう」と考えると「上手く打てる」って事と「上手く打てなかったら」と両方考えます。そして「すぐに飽きたら」とか「怪我したら」とか考えるのです。出来る事を考えてないわけではないんですが、出来ない事や失敗を考える方が優先なのでそうするんです。

ただ、ネガティブな発想をするのでよくないのが上で書いた「選択肢」を決める時にこの「ケア」な部分を出す事なんです。

例えば、「やりたい仕事」を探すのに
「これは体力的に無理」「これは年齢的に無理」「これは親戚とのしがらみで・・」と「出来ない理由」を先に考えて消去法をしてしまう人がいます。

これは「ケア」の人が確かによく行う思考なんです。

普段の生活ではこれも良いんです。

しかし、「自分の本当にやりたい事」とかを探す時には問題です。

「やりたい」って感情や衝動が先にあって「それをするには?」ってところで、「ケア」な発想はあっても良いんです。

「これをやりたい」
「でもこれにはお金が・・・」「資格が・・・・」って考えるのはそれを「解決」する為なんです。

ケアの人でうまく行かない人は、肝心な所でも「消去法」で選んでるからです。それは「本当にやりたい事」ではありませんから〜
そして「出来ない」って決め付けて行動しなくなるからです。

自分の頭に中で出てくる「解決策」って言うのは、自分の「過去の記憶」でしかありません。そこに無いからと言って「この世」に無いのとは違います。

「出来ない」って決め付ける人の多くは「調べる事」も「人に聞く事」もしません。


こういう傾向があるから、「ネガティブ」はダメで「ポジティブ」が正しいみたいに言われるんですよ。

どちらが正しいわけでもありません。自分が本来はどちらなのかがわかっていて「自分らしく」いればそればよいんです。

「ケア」って言うのは最初の方に書いたように「注意」って意味なんですよ。注意深く見ているから「出来ない事」も見えてくるんです。その特性を上手く活かせばよいのです。

多くのケアな人が、最近の「ポジティブシンキング」のせいで「自分が間違ってる」「自分がダメなんだ」って自己否定をしてしまってます。

何度も言いますが「どちらが正しい」わけでもありません。


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嫌な事は「先送り」にしてしまう皆様へ
JUGEMテーマ:人生論

鳥取県米子市で占いとカウンセリング、レイキヒーリングをして、人生を変えるお手伝いをしています。ふじ原ツトムです。

嫌な事や面倒な事を先送りにしてしまう事ってありませんか?

誰しもあるとは思うんですが〜その割合が多い人って居ません?

そして、「早めに片付けないと」って無理やりにでもそれを行うんですよね〜

「嫌な事は早めに済ませたほうが〜」ってよく言いますよね。

特に「出来る人」とか「成功者」みたいな人はそんな事を言ったりします。

でも果たしてそうなんでしょうか?

僕はよくブログなんかで書いていますが、「成功法則」とか「幸せになる方法」って人それぞれだと思ってるんです。
よく成功した人とかを講演とかセミナーに呼んで「このやり方が正しい!」みたいになってる人いますよね。

確かに成功している人からは「学び」はあります。でも「模倣」では成功しません。いや「成功」がちょっと有名になったりちょっとお金が入ってくるって事なら「模倣」でも上手くは行く事はありますよ。

でも決して「幸せ」にはなりません。

話を戻しましょう〜だから「嫌な事でもどんどん積極的に」とか「思い立ったらすぐに行動」が正しくて「後回し」「先延ばし」が正しいわけではないんですよ。

その人に合った方法です。

僕のパーソナル心理学的にみると、もの事を「出来る」って捕らえるタイプと「出来なかったら」って考えるタイプがいます。

これも「成功の〜」的に言えば「出来ないなんて考えたらダメだ」「出来るって考えるんだ」ってなりますよね。

「出来なかったら」って考えてしまうタイプの人が「考えたらダメだ」って言われても考えてしまうんです。それを「するな」って言うのは単なる自己否定ですから上手く行くはずがありません。

これも人それぞれ、どちらも正解です。そして「出来る」って考えるタイプの人には「先にやってしまう派」が多くて、「出来ない」って考えるタイプには「先送り派」が多いですね〜(全てではありません。要素は幾つもの組み合わせなんで)

実は僕も「先送り派」なんです。

僕の生年月日から見た素質はこの「出来ない」って考える部分が多いからです。

そして、このパーソナル心理学の基礎にしてる「素質論」を習った時から、「素質が先送りにしたがってるんだからそれで良いのでは?」って思い出したんですよ。

それでもその頃は「そんな自分を変えるんだ」って気持ちもあり・・・・

でもね〜もっといろいろ学んで、ある人に「天才の言葉」は「これでいいのだ〜」なんだって教わってから(西から昇ったお日様が〜)これで良いのじゃないかと「受け入れ」たのです。

すると面白い事に、「嫌な事」を頑張って無理して先にやるとやっぱり嫌な事が起こるんですよ。トラブルが余計にこじれたり・・・よけいに面倒になったり・・・

ところがギリギリまで「先送り」してると、簡単に話が進んだり運良くしなくてよくなったり・・・・

これは、僕が自分らしく行動してるからでしょうね。

自分の「心」に正直だから「心」が味方してくれるんです。

「思い立ったらすぐ行動」がしたい人はそれに従えばよいです。でもそうでない人は「考えてる」だけで「思い立って」はいないんですよ。

だからその間に無理して動いても「心」は味方しません。

「考える」のは「頭」がやってます。もちろん「考える」事はとっても重要ですよ。
でも「心」が味方しないと物事は上手く行きません。

先送りにしてるとある時、無性に「やらなきゃ」って衝動が沸くんですよ〜その時に行動すると思いのほかスムーズに行くんです。

「心」って言うのは「やらされる」のが大嫌いですから〜そして「心」は未来も見えているんです。だから最適の「タイミング」を知っています。

そしてその最適のタイミングで「思い立つ」んですよ。「先送りにしたい」って気持ちは「心」が「まだだよ」って教えてくれてるんです。

そして、そう思って「先送り」にする人は心が「タイミング」を教えてくれるって「自分を信じてる」から出来るんです。

逆に言うと「嫌な事は先にやらないと」とか思ってる人は自分が信じれてないのかもしれません。

さて、あなたはどちら??

それではまた、次回〜


 
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死に至る病
 JUGEMテーマ:自殺

今回は少し重いテーマで書きます

皆さんご存知の通りこの国では年間に3万人以上が自ら命を絶っています。実際この数字は「死亡」していたり搬送されてすぐに死亡した場合の数字で病院に運ばれて数日経って死亡した数字は含まれませんし「事故死」扱いの場合や行方不明の場合もあります。なので実数はこれよりも遥かに多い数字なんです。

何故このテーマで書こうと思ったかと言うと、今日は「介護保険」の事に詳しい人と話をしました。


よくわからない人も多くいると思いますがこの介護保険とっても酷い制度なんですよ。

「寝たきり」になって入院したとすると収入(年金)に合わせて費用が決まるのですが、年金が少ない人は年金では賄えないんです。変な話でしょ〜収入に合わせて決まるのに・・・介護が必要なお年寄りが年金以外の収入がある人は少ないと思うのですが・・・どんなに年金が少なくても(ゼロでも)約5万円+実費(テレビとか洗濯とか)が掛かるんです。なのにどんなに収入があろうと約10万+実費しかかからないんですしかも年金で賄えない部分を生活保護に頼ろうとすると「介護保険で見てくれる以上の事は『贅沢』」なんだそうです
なので寝たきりで入院は贅沢をしている事になるんだそうです。介護保険の範囲で賄えるのは家でデイケアを受ける事しか出来ません。


なんとも酷い話です。僕にも寝たきりの母がいるのですが年金ではまったく足らないので(母は別世帯で一人だったので母の収入で入院費は決まっています)僕が負担しています。

ニュースなんかで「家で介護をしていた息子が母親を殺して自分も自殺」とか「旦那さんが介護をしていて奥さんを殺して自殺した老夫婦」の話が報道されますが、僕の中では「そこまで追い込まれるなら施設に預ければ?」という疑問があったのですが、しかし今回の話でよくわかりました。「頼る人がいなければどうする事も出来ない」のです。


本題に入るまでが長くなってしまいましたが・・・


カウンセラーという仕事をしていると「自殺」をしようとする人にはちょくちょく会う事になります。

「自殺をしようとしている人」について皆さんけっこう勘違いしているんですよ。

ほらよく「死んだら駄目だ」「残された人が悲しむ」「生きていれば必ず良いことが・・・」とかって熱血になってる人がいますよね

あれはほとんどの場合は効果はありません説得力のある人だったら一時は思いとどまらせる事は出来るかもしれないですが・・・・

なぜかというと、もともと潜在的に「死にたい」願望を持っている心因性の場合を除いて自殺しようとしている人は「死にたい」わけではないのです。

以前、僕に占いやカウンセリングを教えてくれた人がその人が主催する集まりの中で僕に「死にたいって言う人も来ると思うけど、その時にどうする?」って聞かれました。

僕の考えの中では「生きる権利」と同時に「死ぬ権利」も持っていると思っているんです。
その人が本当に考えた結果での「死」なら僕は止めません。
ただ、考えが間違っていたり考える方法がわからなかったりする場合がほとんどですからそれについてはお話をします。怖いのは「勢い」で死んでしまう事なんです。

その人が自分の人生としてきっちり考えた末の答えならそれで僕は良いと思っています。

上の方で「死にたいわけではない」と書いたのは、死のうとしている人は生きているのが辛いのです。
そしてその辛さがいつまで続くのか、どうしたら抜け出せるかわからなくなっているんです。

だから「生きているよりも死んだ方が楽なんじゃないか?」「この辛いのはもう耐えられない」

死にたいのでなくて「今の辛さから逃れたい」のです。

かれらは死ぬ事が「最善」の選択だとは思っていません。

そんな人達に「死んだら駄目だ」「生きていれば〜」なんて言っても何の解決にもならないんです。
そんな台詞を言える人やそう思っている人は間違いなく本当に「死にたい」って思ったことはないんでしょう。以前にブログの中で「人が感じる不幸はどれだけ自分の力が及ばない不幸かで決まる」って書いた事があります。

「死んだら駄目だ」って簡単に言える人は「自分の力の及ぶ不幸」にしかあった事の無い人なんです。何処までが自分の力が及ぶと思えるかは人それぞれですが、どうしても思えないような出来事ってあるんです。それにあっているかどうかなんでしょう。

もう一つ「死にたいわけではない」って書いたのは「被害者のドラマ」を演じている人達もいるからです(これけっこう多いです)
被害者のドラマを演じている人は「加害者」を作り出します。そして自分が「被害者」だと「認定」してくれる「相談者」を探しています。
その「相談者」の「役」をやらされている人が「死んではだめだ」と熱血に言えばこのドラマは最高に盛り上がります
するとその勢いで死んでしまったりするんですだからとっても危険なんですよ。

もしも周りに「死にたい」って言う人がいたら、彼等は「死にたい訳ではない」と言う事をわかってあげてください。「死んだら駄目」だって事はよくわかっているんです。それなのに「死んだら駄目だ」なんて言ったら「理解」してくれないと絶望してしまいます。

誰かが「理解」してくれるだけで「絶望」と言う病は治ります。

最悪の選択だとわかっていても今の辛さから逃れるすべを他に見出せないのです。
絶望から逃れるには「希望」が必要なんです。死のうとしている人は「唯一の希望」が「死」になってしまっているんですよ。

本当に考えた上での「最良の選択」が「死」だったのならそれはその人が決めた人生です。しかしそれ以外の「死」は僕はなくなって欲しいのです。

なんか重いテーマだったので上手くまとまりませんでした

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