鳥取県米子市で占い、カウンセリング、ヒーリングをしています。
夫婦でセラピストをしていますので、嫁さんと読んだ人の人生が楽しくなるよう話を書いていきたいと思います。
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子供のやる気を引き出す魔法の言葉?

鳥取県米子市で占いとカウンセリング、レイキヒーリングをして、人生を変えるお手伝いをしています。ふじ原ツトムです。

 

前回のブログで子供を「ほめる」って事について、素質の違いのをお話しました。

そのブログを書く時にネットを調べていて、「子供のやる気を引き出す魔法の言葉5選」ってのを見つけたんですね。

ちょうど、「子供が勉強をするようになる素質ごとの対策ってないですか?」って聞かれていたところで、いまその事を調べているんです。

 

このネットの記事に書いてあること自体は正しいとは思うのですが・・・・

毎回言いますが「素質」が違うので、「万能」の方法は無いんですよ。

場合によっては効果が薄いどころか、逆効果だったりもします。

 

この記事の内容にしたがって「素質」の違いを書いてみたいと思いますね。


まず一つ目はここでは、子供は成長するにつれてなんでも自分でするようになるんだと考えてしまいがちで、環境などを与えればかってにやってくれると思ってないか?って事を書かれています。
そして、自発的にやってくれるのなら問題ないのですが、そうでないなら「もしやる気が見られないときは、思い切って子供と一緒に親もやってみましょう」と書かれています。

たしかにこれは一理ありますね〜

ここでは、子供と机をならべて一緒に問題を解くぐらいしたらどうかと書いてるんですよ。

そうなんですよ。素質以前の問題としてやたらと「勉強しろ」っていう親は勉強してないわけですよ(過去にはしたかもしれないですが)


例えば、仕事をまったくできてない人に「仕事しろ」って言われてやる気なんて起きませんよね。
その人がいくら過去に仕事ができた人でもです。


自分が学生時代はしていたなんて通じないんですよ。

その親が大人になってからも、資格をとるとか仕事に必要なこととか趣味でもよいですけど家でよく勉強しているならまだ別なんですが・・・・・

 

勉強するってある種の「習慣」なんですよ。言い換えれば「クセ」です。

習慣になっていれば勉強するのが普通で、やらないほうが気持ち悪いんですね。

親が高学歴な子供が勉強するのが苦ではないことがあるのは、それは親も普段から勉強している姿を見せているからだったりします。

子供は親の真似をしますからね。

ただ、これも「素質」も左右はされます。


「素質」の話からずれましたね^^;


ではパーソナル心理学的なお話です。


この考え方ってHベクトルには大正解なんです。

これを書いた人って他の内容もHベクトルっぽいん出すよね〜

この話の流れで、ほめる時は「すごいね!ママも嬉しい!」って「ママ」も嬉しいことを伝えろって書いてあるんですよ。

これ完全にHベクトルが喜ぶセリフです。


Hベクトルは「他人軸」です。

他人軸なので「軸」が相手の方にあるんですね。なので「自分が嬉しい」のはもちろん嬉しいのですが、それ以上に「相手」が嬉しがっている方が嬉しいのです。


言い換えれば自分が嬉しかったとしても、「相手」が喜んでないとしょんぼりします。

自分があまり嬉しくなくても、相手が喜んでくれたらそのことの方が嬉しいのですね。

その相手は一番は「お母さん」です。


そして、他人軸の人は「一緒」も重要です。ここでよく勘違いされるのは、一緒が好きだから大人数が好きなのかと思われてしまいますが、4種類いる他人軸の中で3種類はそうでもありません。

「自分が好きな人」と一緒がよくて、「大勢」がよいわけでは無いんですね。


なので、お母さんが一緒に始めてくれたりすると確かに頑張ります(年齢にもよりますが、とくに男の子は)

ここでよく自分軸が強いお母さんが勘違いしますが、「一緒に」を「一緒の部屋にいれば」とか「一緒について行けば」と思ってますが、「一緒にやる」でないと他人軸が強いタイプには「一緒」ではありません。

まさにHベクトルにこのやり方はOKなんです。


ところがですよ。

Eベクトルの特に自分軸が強いタイプとAベクトルの中の一部はこれは嫌がります。

特に自分軸が強いタイプにこれをやっちゃうと、「干渉」されてるとしか思いません。

自分軸が強いタイプは「自立心」も強くてまだ小さいうちから「自分」でやりたいんです。
それは「できる」「できない」は関係なくとにかく「自分1人で」やらなないと気がすまないんですね。

それと人にペースを合わせるのも嫌いですから、そもそも「誰か」と一緒にするのはストレスでしかありません。


例えば、他人軸の強い僕は1人で何処かに行くのが苦手です。

なのでよく買い物とかに人に付いてきてもらうんですが、同じ他人軸の人と行くと買い物で見て回るペースが一緒なんですね。

これはお互いが合わせるからです。

ところが自分軸が強い人とだと、相手がスタスタと行っちゃうんですよ^^;

これ自分軸が強い人からみたら全く気にならないんですが、他人軸の強い僕は気になるんですね。

逆に自分軸が強い人に「僕に合わせて動け」って言うとストレスなんです。

 

自分軸が強い人は子供の時から、自分で何でもやりたがるので「自主性」にまかせないと、変に「一緒」をしすぎるとそれ自体が極度のストレスになって精神的に病んじゃったりします。


これAベクトルの一部のタイプも理由は少し違うんですが、同じように自分で何でもしたがります。

これはこのタイプが「完璧主義」で「失敗」とか「出来ない」っていうのを人に見られたくないんですね。それは小さなときからそうです。

なので、「一緒」にされてしまうと「できてない時」や「失敗」を見られてしまいます。

このタイプは「できるようになってから」しか人に見られたくないんですね。


でも、こう言う「一緒」が正しいと思い込んでいるお母さんはそんな「失敗」の場面で、「大丈夫だよ。こんどは頑張ろうね〜」とか言います。

これこのタイプには「屈辱」でしかありません。

ありませんから、それを続けると「何もしなければ失敗」を見られることもないだろうと、何もしなくなってしまいます。


この「ママも嬉しい」って言うのも、自分軸が強いタイプが相手だと、嫌ってわけではないので逆効果になることはないんですが・・・・

個人主義の強い自分軸のタイプは、「自分自身を正当に評価」してほしいのですよ。


そこに何故か「他人の状態」が入ってきちゃうと「???」ってなります。

「それは、あなたの事で今は私の評価をすべきところでは?」ってね。

なんか、「押し付けられてる」みたいにも感じてしまいます。


当然ですが、自分軸の強い親が他人軸の強い子供に言うと・・・・

その子の評価だけでになってしまうので、「褒められてる」のですが「冷たい」とか「何も感じてないんだ」みたいに思われてしまいます。

 

この魔法の言葉5選では。

結果を生むまでのプロセスをほめることでやる気になると言う事も書いています。

これもHベクトルには通用します。

Hベクトルは「なんで」が重要なので結果よりも、プロセスとか意気込みみたいな事が重要だからです。

ところがEベクトルの人達は、「結果主義」です。

プロセスがなんであれ結果が問題なんですよ。

しかもEベクトルの多くは自分軸の強い個人主義なので、プロセスは自分の問題だから口を出してほしくないんです。


だから逆効果になるってほどじゃないんですが、「そこは関係無いでしょ」って思って聞いてる可能性があります。


ちなみAベクトルの人達にはこれ自体には問題ないんですが・・・・

プロセスを褒めようとするとどうしても、言葉が長くなりますよね。

Aベクトルの人達にはイメージが重要なんで、長くなると「説明」されてるみたいで「褒められてる」ってイメージが無くなっちゃうんですよ。

彼等には「すごいね〜」で十分なんです。「どう凄いか」は自分のイメージでいたいので。

 

次にこんなことが書いてあります。

「新しいことへのチャレンジは不安になるから『君ならできる』と伝える」

そうすると子供は「できるかもしれない」と思い始めると・・・・


え〜〜っとこれを書いた人は、きっとHベクトルでホープですね^^

Hベクトルでホープ。

松岡修造(笑)


これね〜僕がこのブログでよく書いていますが、ホープとケアって素質の違いなんですよ。

ざっくり言うとホープがポジテイブで、ケアがネガテイブです。

ブログでなんども書いてますが、だからってネガテイブがダメとかは全く違いますよ。

ネガテイブな事は問題ありません。

 

でも、これをケアが強いタイプが言われると・・・「そう思えない」事に落ち込んだり、「考えなしに適当に言うな」って「ちゃんと見てくれてない」って思われてしまいます。


「でも、ポジティブな方が正しい」みたいな考えがあるから、「そう思えない自分」がダメなんじゃないかって「自信」を失ったり「自己肯定感」が低くなったりします。


これは完全に逆効果ですね。

むしろ自信を失わせたり、そう思わなければって「ポジティブなふり」をするようになったりして「本音」を言わなくなります。


ケアのタイプには、そのネガテイブに思っている原因を一緒に考えてあげて、それにどう対処したら良いかを考えさせるようにしないとダメなんですよ。

だから、「ケア」って言うんです。


ネガテイブな事を考えるのはそれを「ケア」しておきたいからなんですね。

そしてそれをケアしていく事で、ポジティブになるんですよ。

「君ならできる」とかばかり言われちゃうと、ケアができないしその事をわかってくれてないと思うので余計に不安になるんですね。


それとこのお話の流れで、「文章を書くのが下手でも、『作家の才能がある!』」みたいに言うとでやる気が湧いてくるって書かれてます。


これはケアって言うより、フィックスが相手だと微妙です。


フィックスは論理思考でリアリストです。

すると「リアルな評価」がして欲しいのですね。

現実には「文章が下手」なのに、「なんの根拠もなく」そう言われちゃうと「見てない」とか「何を根拠に?」ってむしろ不信感になります。


フィックスが強いリアリストなタイプには、できていない事は「できてない」とリアルに評価する必要があるんですよ。

ダメ出しとは違いますよ。

「上手く行かない」部分もちゃんと見てるってことで、だから「次は頑張ろうね」って言う話なんですね。

これがあってはじめて、できている部分を褒めるのに意味が出てきます。

ここを「なんの根拠もなく」にしちゃうと、そのできている部分をほめたのも「なんの根拠もなく」だと思ってしまうんですよ。


逆にフレックスが強いタイプにできてない部分をリアルに評価すると、それ以外をどんなに褒めても「怒られた」と思ってしまいます。

フレックスの人はイメージが重要で、そのイメージによって内容が決まってしまいます。

だから、どんなに褒めていてもどこかに指摘が入っているとそのイメージになってしまうんですね。
この辺りはフィックスの人が理解が難しいことろで、フィックスには褒められた部分と指摘された部分は、それはそれこれはこれと分けれれるんですがフレックスの人はどちらか強く感じた方のイメージになってしまって話の内容は関係なくなります。


フレックスのタイプにどうしても指摘が必要な時は、ほめるのとは別の時にしたほうがよいです。

イメージができたりピンとくればなんでもできちゃうフレックスには、今回のような下手な文章を書いていても「作家の才能がある!」みたいに「できるかも」と思わせるのは有効です。


最後にこのお話にはこう書いてあるんですね。

子供にやる気を出させるには2通りで、一つはアメとムチを使った外発的な方法ともう一つは自らが「やりたい」と思ってくれる「内発的」な方法。


外発的な方はあまり意味がないので、内発的な方を使いたいですね。

ただ、ここでこのアメとムチって言葉で勘違いされるのが、やる気にさせるのに「ご褒美」を出すっていうのです。

これはアメとムチをの「アメ」の方になるのかもしれませんが、これ素質のタイプによっては必要です。

フィックスが強くてリアリストなタイプの中には、「わかりやすいリアルな結果」が必要なタイプがいて、このタイプは「自分の損得」が重要なんです。


スポーツとかなそれ自体が楽しいとかだとよいのですが、勉強の場合はこのタイプにはよっぽど子供の時から明確に「医者になりたい」とか決めてない場合は「自分の損得」につながらないんですね(このタイプで医者になる人は少ないですが・・・)

テストの点や通知票は単なる「数字」でしかなくて、落第したりって実害がなければよいんですよ。


その数字に「リアルな自分の損得」があれば勉強にやる気がでます。

なので、点数で決まったお小遣いをあげるのが一番やる気がでるんですね。

だから、これはアメとムチの「アメ」のようですが、このタイプには「内発的」な方法になるんですよ。

 

今回のお話は「やる気」なんで、スポーツとか家の手伝いとかいろいろあるとは思います。

でも、多くの場合は「勉強」でしょう。


今回は「テクニック」として書きました。

でもね〜僕は思うんですが「内発的」にやりたいって思ったらテクニックなんて使わなくても勝手にやりますよ。

そして多くの「勉強させたい親」は、こんな「素質」によってかける言葉や受け取り方が違うなんて「勉強」してません。

勉強する必要がある明確な理由やビジョンも言えません。

これからの社会で勉強や学歴がどう影響するかも明確に言えないでしょう。


今からの世界は(もうすでにだけど)、学歴は何かの専門分野、医者とか弁護士とかロボット工学とかそんなものには必要でしょう。

でも、「良い会社に入って」とか「高学歴で高収入」だとかはもうありません。


多くの会社は専門性以外の学歴を必要としていません。

学歴が高いことが収入につながるわけでもありません。

ましてや、勉強ができて学歴が高い事が将来の幸せにはつながりません。


こんな事は少し今の世界や経済をみればわかることです。


幸せに楽しそうに生きている人がどんな人かをね。


そんな「勉強」もしてないんです。

ホントはね。

まず勉強しないといけないのは、そんな勉強のことばかり気にしてる親の方なんですよ。


そしてそんな事に拘る親のほうが幸せで楽しく生きていない事がほとんどです。

自分の人生をよい方に変えるための「勉強」をしないからです。


今回の「魔法の言葉」みたいのも、そんな「魔法」なんてありませんよ。

子供は一人ひとり全て違うんですから、それをよく見て自分でわからないなら調べたり聞いてみてそれで「その子のその子らしさ」をみつけてあげればよいんです。


子供がテストの点をよくするために「魔法」を使おうとしているようなものですよ。

それと同じでしょ。

 

僕のパーソナル心理学は「魔法」ではないので、「その子らしさ」を見つけてあげるヒントに使えるんです。


それではこれで終わります。

 

 

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ほめる教育は正しい?間違い?

JUGEMテーマ:子育て

鳥取県米子市で占いとカウンセリング、レイキヒーリングをして、人生を変えるお手伝いをしています。ふじ原ツトムです。

 

先日、ネットの記事を読んでいたらこんのを見ました。

「ほめる育児は間違いだった?」

内容はあるお母さんが「子どもは、親がほめることで自己肯定感を育みます!」っていうのをみて、そのマニュアル通りに「ほめる育児」ってのをやったのだそうです。

教育誌に書いてあるんだから「これに従って育児していれば、失敗はずだ」とね。

「子どもは、親がほめることで自己肯定感を育みます!」なんて書いてあったりします。


ところが、高1になる息子さんはその通りに育ててきたのに自己肯定感は低く、少し自分の考えが否定されると学校に行かなくなってしまう子になりました。

 

これどう思います?


逆に「叱られた経験のない子供は社会への適合能力が低い」とも言われますよね。

 


さて、どうなんでしょうね〜


これね。

僕の考えではね。


一つにはよくこのブログでお話しますが、子供全員を一律に同じ方法で「正しい」ってくくるのは無理があるんです。

もう一つは、これは「ただ、ほめればよい」って話になってますね。
言い換えれば「怒らなければよい」って事になってます。

これは教育や育児だけでなくて、人生のうえでも上手く行かない人にありがちな情報や知恵を「知ってる」ってだけなんです。

誰から聞いた情報。

それを「知ってる」のです。


情報が簡単に手に入るようになって、そんな人が増えてきてますよね。

情報が簡単に手に入るのは凄く良いことなんですが、「知ってる」だけに振り回されて余計に悪くなってる人も多いんです。


雑学王にでもなりたいのなら別ですが、情報は知ってるだけでは意味がなくて「理解してる」がないと本当の意味では使えません。


「ほめてあげる」が大切なことは間違えではないんですよ。

 

では、まず「一律に同じ方法」でって方ですが〜

毎度おなじみのパーソナル心理学では、素質によいって「ほめる」の内容が大きく違います。

この記事の中で「子育てカウンセラー」って人がこう答えています。

「結果ばかりをほめると自己肯定感を下げる時がある。頑張ってきた過程をほめないと」


う〜〜ん。

この人はHベクトルなんですかね。

Hベクトルの人は「課程」が大事なんです。だから話す時も「なんで、どうして」から話すので話が長いんですよ。

なので逆にその課程の部分に触れられないと凄く「冷たい」と感じます。


しかし、逆に個人主義で「結果」が重要なEベクトルには課程は「自分の問題」でほめて欲しいのは「結果」です。

とくにこの中では「オンマインド」と言われる2種類と、もう一つAベクトルのなかの1種類は「課程」に口を挟まれるのは大嫌いです。

とくにAベクトルの方は「完璧主義」で「自分で完璧にしたい」タイプでこの部分に、ほめ言葉であれ何か言われる可能性があると何もしなくなってしまう時があります。


僕の扱ってきたケースではHベクトルのお母さんがこのAベクトルの完璧主義なタイプの子供に(組み合わせの上でも非常にそれが強い)、「ほめる」ことをしていたんですがHベクトルの人はどうしても「課程」の部分を重視するので、何もしなくなってしまい「発達障害」ではないかと疑われたりしていました。


基本的には課程の部分を、ほめるって事自体は悪いことでは無いんですが「結果」なのか「課程」なのかどちらにウエートを置くのかは子供の素質で違います。

少なくともHベクトルに対しては「過程をほめてから結果をほめる」

Eベクトルには「結果をほめてから過程をほめる」

こうでないと、ほめた意味が半減します。

 

それと、特にEベクトルのオンマインドなタイプがそれが強いと「ただ、ほめる」と逆効果になります。


例えばテストで99点をとって来たとしましょう。

ここで「ほめる」のですが〜


「99点も取ったのすごいね〜がんばったんだね」


これだど「バカにされた」と思います。


超現実主義で論理思考が強いので、「1点」を間違えているのを無視して「すごい」って言われるのは「ちゃんと見ずに言ってる」「真剣に考えてないんだ」って思われちゃいます。


特にこのタイプは能力も高いので、自分の持ってる理想も高いんです。

「100点」ではないんですよ。


その事に本人はがっかり来てるのに、それをただ「すごいね〜」と言われたら・・・・


ほめることは良いんですが、「1点間違えた」事は指摘しないといけないんです。

そうされると、「適正」に評価してくれるって嬉しいのです。

 

これ逆にAベクトルには厳禁です。

イメージで物事を捉えるこのタイプは、「間違えたことを指摘」なんてするとその前後でどんなにほめても「説教」だったと記憶します。


指摘された時点で、その話のイメージを作ってしまうので「ほめた」事も「説教」とか「責められてる」に聞こえちゃうんです。


例えるなら、どんにコミカルなシーンやお色気シーンがあっても「ホラー映画」は「怖い映画」でしょ。

そんな感じです。

 

Hベクトルに対しては「過程」と言いましたが、確かにこのタイプは過程も結果もどちらをほめても通用します。

しかし、重要なのはそこではなくて「ほめた側も喜んでいる」ことなんですよ。

Hベクトルは他と違って「他人軸」です。

他人軸の人は名前のとおりに「軸」が相手側にありますから、「相手が喜んでいる」事が自分の喜び以上に嬉しいのです。

とくに大好きなお母さんだと余計です。

これは自分軸のお母さんとかにそう説明するんですが、なかなかピンときてないですよね。


他人軸のタイプはこの「相手が喜ぶ」がモチベーションな場合が多いので、この部分が欠けちゃうとほめても「やる気」にはならなかったりします。

 

そうそう、モチベーションの話がでたので〜

Eベクトルの特に「コンペディション」と言うカテゴリーのタイプは、リアリストで自分の損得が重要です。

ほめられることは嫌では無いんですが、「言葉」とかの数字にならないことではあまりピンときません。

ほめると同時に、「わかりやすいリアルな結果」が必要です。


やった内容でそれがあるなら良いんですが、「テストの点」とかではリアルな彼等にはただの「数字」でしかありません。

それなら「報酬」を出した方が彼等はモチベーションにもなるし頑張りますし、その報酬が「ほめた」事になるんです。

 

さて、もう一つの「ただ、ほめればよい」って話になってるってこととですが〜


このほめるって話って、「命にかかわること以外は怒ってはいけない」って話が出てきますね。

これって多分、「エジソンの母」のお話からきてますよね。


発明王エジソンはどんな事にでも「なんで?」って探求しないと気がすまない子供だったので、小学校を3日で追い出されます。

教員の資格のあったエジソンの母はそんなエジソンを決して怒ることなく、エジソンの疑問に答えれることは答えて答えれない事は一緒に図書館に行って調べた。

そんなエジソンの母が一度だけエジソンを叱ったのは、納屋を火事で燃やした時だけ。

それも納屋を燃やした事ではなく、「命の危険があった事」を叱ったってお話です。


さて、このエジソンの母って「ただ叱らなかった」のでしょうか?

それは「結果」なだけだと思いますよ。

 

僕はエジソンの母はエジソンの事を「認めてた」のだと思います。


言い方を変えれば「受け入れてた」のではないですかね。

そんな小学校を追い出されてしまうような「個性」も、認めて受け入れてたんじゃないですか?


だから「叱る」必要がなかったのでは無いかと思いますよ。

「叱る」と「怒る」って違いですよ。


「叱る」のは必要な事を教えてる時に使います。

「怒る」は自分の思い通りにしようとする時に使います。


最初に「素質での違い」のお話をしましたよね。


これもそうなんですよ。


どこかから聞いてきた「正しい」って情報を知って、それを子供の個性や素質の違いも見ようとせずに「自分が知った正しい」に思い通りにしようとしてるのでは?


結局はこれでは「怒る」とたいして変わりはありません。


自己肯定感を低くするのは、叱る事でも怒ることでも無くて「その子を認めない」ことです。


自分の素質からくる正しさ、どこかの誰かが言った「正しさ」でみて、それと違う「素質」「個性」の子供をその「正しさ」に押し込もうとして結果的に「認めない」のです。


素質は完璧なものはありません。

その人の長所を作る素質は短所も作ります。


ダメな所もありますよ、失敗もしますよ。人と違う子供もいますよ。

人と同じで目立たない方がよい子供もいますよ。

負けたくないって子供もいれば、勝ち負けより好きな人と楽しくしたいって子供もいますよ。


その個性が時には「集団生活」である「社会」だとマイナスに働く時があります。

そんな時はそれはその子のそれも個性なんだと認めた上で、生きるために処世術として叱る」ってのが必要な時はあります。

学校って本来は「社会」の練習の場だと思うんですね。


そこには変な規則があって、やくにたつのかわからない勉強をさせられて、不条理なことを言う先生もいて。

これって社会に出たらいっぱいあるでしょ。

だからその為には「叱る」必要もありますよ。

 

それにね。

お母さんだってお父さんだって人間なんですよ。

完璧である必要なんてないんです。完璧であるのが良いならロボットかコンピューターでよいですよ。

彼等は感情で怒ったりしませんし勘違いも機嫌の悪い時もありません。


だから、時には間違えて怒ったってよいですよ。

間違えたと思ったら「ごめんなさい」って言えばよいんです。

根底に「認める」があればね。

 

認めるの反対語は「否定」です。


「ほめる」


「叱らない」

でも否定してたら意味はありません。


このお母さんも「ほめて」はいたんでしょうけど、この子がやりたいことや思っていること個性を「自分の正しさ」で否定していたんではないですかね。


「認める」って「どういう状態」って思うなら、「否定」をしてないかを良く考えてみたらよいですよ。

「否定しない」それで十分ですから。

 

あなたが見ているのは、「自分の子供」ですか?

それとも「誰か」の書いた育児の本ですか?


それでは、これで終わります。

 

 

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占いとかタロットに必要な能力と幸せになるために必要な能力

JUGEMテーマ:人生論

 

鳥取県米子市で占いとカウンセリング、レイキヒーリングをして、人生を変えるお手伝いをしています。ふじ原ツトムです。

 

占いとかに興味のある人は多いと思います。

僕いちおうは「占い師」です。

なぜ「いちおう」なのかは、僕にとっては占いは「道具」の一つでしか無いからですね。


占いに興味があるっていうのは、「占ってもらう」ってのもですが「自分が出来るようになりたい」って言う人も結構います。


なので、僕の使う易の占いを教えるってのもするんですがこれはかなり難易度が高いので多くの人がなかなか習得できないんですね。

実はこれを習得するのに必要な能力ってのがあるんですが、その部分がなかなかうまくいかないんですよ。


まあ、多くの人は「安易」に考えすぎでもあるんですけどね〜

僕の使う易の占いは「ただ当てる」ってだけでなく「問題の原因」や「改善策」まで出せちゃう優れものです。


月に1〜2時間、僕の所に来てその時の勉強だけで、自分では覚えてくることも練習することも「時間がない」とかって何にもしない人が多すぎるんですけどね〜^^;


ただ、多くの人ができなくしている理由の部分も先ほど書いた「必要な能力」って部分にブロックがあるのは確か。


実はこれって占いを習う課程で余計にブロックを強めちゃってる人も多くいたりして・・・

しかも、この能力って実は人生がうまくいったり幸せになったりするのにとっても必要な能力なんですね。


なので、見ていると占いの習得がなかなかできない人って人生がうまくいってなかったり悩みが多い人なんです。

言い換えれば、人生がうまくいってる人や幸せな人ってすぐに習得しちゃうんですよ。

 

先日、知り合いの方とお話ししていたら「外応」ってのに興味があるってお話をされていました。

実はこの「外応」ってやつは「占い」のいわば「基本」的な概念なんですよ。


外応っていうのは、例えば何かを決めようとした時に起こることとか、そこにある物とかに答えがあるって言う事なんです。


昔こんな事がありました。

この外応の事を初めて聞いた時に、その話を友人にしたんですね。

すると試してみようと言うことになったんです。

「問い」はなにがよいかと考えて、やはり確実に結論が出るものがよいので「こんどの日曜日の競馬のG1の優勝の馬番」にしました。


これなら日曜日になればはっきりと答えがわかります。

するとアホな友人は「今度のG1の馬番は〜〜」と叫びました。

ちなみにここはレンタルビデオ店の前です(笑)


で〜〜どこに答えがあるのかと探したのですが・・・・

「動き出した車のナンバー?」

「歩いて来る人が着ている服に書いてある?」

「誰かが送って来るメールに・・・」

などなど探したのですが〜よくわからない。


けっきょくは諦めて後日、答えがわかってから検証することに。


競馬の結果がわかってから数日後に、同じ場所で「なんだっただろうね〜」と話していたのですが・・・・・・・・・

ちなみに結果は「11番」の馬が勝ちました。

すると友人が「あ!後ろ!」

みると〜このレンタルビデオ店にはゲームも売ってるのですが、僕が立っていた後ろのガラスに(問いをした時と同じ場所に立ったました)、「ウイニングイレブン発売」ってポスターが・・・


ウイニングイレブンっていうのはサッカーのゲームなんですが、

「ウイニング」=「勝つ」

「イレブン」=「11」

ちゃんと書いてある^^


さて、「そんなの偶然だよ」って言う人もいるでしょうね〜

まあ、これを偶然と見るか「外応」とみるかは人それぞれですが。

 

ここで疑問がでますよね。

これが「外応」だとしても、そのポスターは僕達が「問う」前からそこには貼ってあったわけです。

でもね〜時間軸なんて物は人の脳が勝手にそう思ってるに過ぎないんですよ。

「僕たちが問いを言ったから、そこに前からあったことになった」


もしくは「僕達が答えのある所で問いを言った」

この辺の事は「??」ってなる人は気にしないでください。

 

そうそう、もう一つ言っておかないとね。

じゃあ、競馬とか当てれて儲けれる?

答えは「イエス」です。


当てれますよ。

そんな事は簡単です。


ただし、その人の「財運」が優先されますから利害が絡んでいると財運に邪魔されますけどね^^;

 

さて、話がズレてきました。

 

この外応っていうやつを見分けるのに必要な能力こそが、占いを覚えるに重要な能力でそれは幸せになるのにとっても重要なんです。

 

占いって言うと多くの人が思い浮かぶものに「タロット」があると思います。


タロットを習ったり勉強したりする人もいるんではないですかね。

 

でもね。多くの人ってその習ったりする課程で余計にタロットが読めなくなってるんですよ。


よく僕の所に来る人なら知ってると思いますが、僕は易の占いだけでなくタロットもします。

滅多にしないのは、易の占いの方が改善策が出せたり原因の深い部分までわかる事が多いからです。


ただ、単純に今起こってることの意味とか、良いか悪いかとかこれをやったらどうなる的なのには手軽に答えが出せて便利なんですよ。

だから普段、自分で自分の事を占ったり自分では決めかねてたりする時はタロットをよく使ってるんですね。


たまにしか使わなんですが、お客さん曰くどうやらえらく当たってるそうで・・・・^^


でも、僕ねタロットカードの意味をあまりよく知らないんですよ(笑)


実はね。

その必要な能力って何かって言うと「認識の広さ」「認識の柔軟さ」なんです。


言い換えれば、ダメな人って「こうでなくては」「これが正しい」が強いんです。


タロットカードを勉強する人は、カードの意味をしっかりと覚えようとします。

覚えることは良いんですが、その時にその意味の中でしか考えなくなります。

 

カードの意味はそれ自体が答えではなくてただの「ガイド」にすぎないんですよ。


占いって一種の連想ゲームなんです。


ところがその意味に囚われてしまっていると、答えを導くための連想ができなくなるんですね。

 


途中に書いた競馬を当てる外応の話も、「問いを出してから起こること」っていうのに囚われていたからすぐ後ろの答えがわからないんです。


人生はうまくいかない人もそうです。

「こうでなくては」「これが正しい」に囚われちゃってます。

 

「占いなんて嘘だ。科学的じゃない」


そう思うのは勝手です。

しかし、そう言って否定するならその嘘だと言うことを「科学的に証明」しないと「科学的」とは言わないんです。

そういう人は、どれだけの占いを見てきたんでしょう?

TVでやってるの程度なんではないですかね〜本物はTVなんて出ませんから^^

それに「科学」を出してくるなら「相対性理論」程度は理解してるんでしょうね?(笑)


自分の認識の「外」なだけなんですね。


自分に起こってる問題や悩みの解決も、それは自分の認識の外にあるだけなんですよ。

誰にだって認識の外側は存在しますから(全てを認識したら壊れちゃいます)、それは良いんですよ。


これから知ることだっていっぱいあるわけですからね。

問題なのは、今の自分の認識で「全て」のように思ってたり、そもそも自分の認識の外があるとか無いとかすらわかってないことなんです。


「知るを知るとなし 知らざるを知らずとなす これ知るなり」by孔子

知らないって事を知ってなさいって事。


まあ、認識の外がある事があることすら認識して無いのですが・・・・


この認識の広さもですが、柔軟性もとっても大事なことなんです。


結局ね。

占いに必要な超能力とか霊感とか直感って「認識」の広さとか領域の問題なんですよ。


これって実はある一定までは鍛えれるんです。


そのうち、超能力開発講座からのタロット講座をメール講座とかでやろうかな〜なんて考えてます。
さらにイラストレターの灯さんとコラボでオリジナルのタロットカードを作成中(ちょっと宣伝^^)


あっ!超能力って言っても火炎放射とか電撃とかじゃないですよ(笑)

そこまで認識は広げれないんで^^


人より直感が働くようになるくらいかな〜

ニュータイプぐらいにはなれるかな〜〜(笑)


認識の柔軟性があると人生はとっても楽になりますよ。


それではこれで終わります。

 

 

 

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毎日が早く感じるときに起こっていること

JUGEMテーマ:人生論

鳥取県米子市で占いとカウンセリング、レイキヒーリングをして、人生を変えるお手伝いをしています。ふじ原ツトムです。

 

昨夜、夕食を食べながらTVをみていたらバラエティー番組で、時間のわからない部屋から「体感で24時間たったと思ったら出る」ってのをやってたんですね。

これ「年をとると1日が早く感じる」のかを検証するために、20代、40代、60代、80代の人がやってたんです。


20代と60代が12時間近く早く出てきて、結果は予想を反して年齢に関係無かったんですが・・・

これって年齢じゃなくて素質の問題では。

20代のざわちんさんと60代のルー大柴さんは、僕のパーソナル心理学でみたら「思い立ったら即行動」で「プラス思考」で素質のなかで最も行動が早いタイプ。

そしてとってもプラス思考で「間違い」とか「失敗」を考えませんから、「まだ時間じゃないかも」とか「間違いじゃないか」って考えません。

 

誤差30分だった、くろちゃんは「ネガテイブ」で「悪い方から考える」ってタイプで、普段もなかなか行動しませんからね〜


さて、今回はそんな素質のお話ではなくてこの「年をとると時間が早く感じる」ってお話です。

 

7月に入って今年も半分を過ぎました。

「もう半分か〜」「つい、この前お正月がだったのに」・・・・・

そんなふうに感じている人って多いのじゃないですかね。

 

この年をとると時間が早く感じるってのは実は当たり前の現象でしかたないんですね。


人の時間の感覚っていうのは、「記憶の量」に比例してるんですよ。

「記憶する量」が多いと時間は長く感じて、その反対に記憶するものが少ないと早く感じます。

初めて行く所は、行きが長く感じて帰りが早く感じますよね。

これは行くときは初めての道だから覚えるものが多いんですが、帰りは覚えてますから記憶するものが減るからなんですね。

 

なので年を重ねれば経験や知識が増えますから、必然的に記憶の量は減ります。

減りますから早くなることはしかたないんですよ。


ただ、これは「記憶の量」の問題ですから早くなるかそうでないかは単純に年齢だけの問題なわけではないんですよ。


同じ年齢でもその人の生き方で早いか遅いかは違うわけです。

まあ、ここは比べようがないわけですけどね。


だから、「早い」ってことは記憶するものが少ないって事になります。


この記憶の量の多いものってなんでしょう?


それは「新しいもの」です。

「初めてのもの」ともいえますよね。


逆に記憶の量の少ないものは、「繰り返し」でやってることです。

一昨日の夕食のおかずを覚えてないのは「繰り返し」だから。


一昨日、今まで食べたことの無いような高額のステーキを食べてたら覚えていますよね。


人生がなかなかうまくいかない人は、往々にして「ルーティンワーク」をしています。

そのルーティンワークも「幸せ」とか「楽しい」がいっぱいのものならまだよいんですが・・・


苦しいって言うのも問題は問題です。

問題なんですがある意味で一番の問題は「なんでもない」ものですね。


そんな「なんでもない」ルーティンワークをしているのに、良くならないことに嘆いているのはまったく意味のないことです。


もちろん毎日みたいには新しいことはできませんから、どうしても年齢とともに自分の中では一年が早く感じてくるのはしかたがありません。


素質によって自分らしいペースが違いますから、みんながどんどん新しいことを体験する必要ないんですが〜

なにも無いのはやはり困ります。


それにルーティンワークは楽しくないですからね。


小さなことでも新しい体験があると楽しいですよ。

時間だけ長く生きても、「短く」感じてたら意味ないですからね〜


それではこれで終わります。

 

 

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