鳥取県米子市で占い、カウンセリング、ヒーリングをしています。
悩んでいる、不安な人、行き詰まってる、人生を変えたい、人間関係でいつも悩む、恋愛が上手くいかない、
いろいろ見てきたが変われない、そんな人達に読んで欲しいです。
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自分を受け入れることと認めること

JUGEMテーマ:人生論

鳥取県米子市で占いとカウンセリング、レイキヒーリングをして、人生を変えるお手伝いをしています。ふじ原ツトムです。

 

よく僕がセッションの中で「幸せな人は、自分の事を受け入れている」って話をするんですね。

これって人生を幸せだと感じるのにとっても大切なことなんです。

もちろん、いきなりすべてを受け入れてしまうことはできないですが、受け入れれてる範囲が広がっていくににつれて人生が楽になっていきます。


僕のパーソナル心理学とかで「素質」を分析するのもこれが目的の一つ。


自分の持って生まれた素質を知ることで、自分の行動の理由がわかったりします。

すると今までは、それが悪いことやダメなことに思えていたのが、実はとっても必要なことだったりするのがわかるんですね。


そして自分の苦手な事もわかりますから、その苦手の原因も理解できてどう対処したらよいかもわかったりします。

まあ、多くの場合の苦手は「そのまま」で良いことがほとんどなんですけどね〜

 

多くに人ってこの「自分」を受け入れるって作業の時に、「受け入れる」の意味を少し履き違えてるんです。


受け入れるは「認める」事だと思ってるんですね。

もっというと「認めれる」だと思ってます。


認めれる自分だと「受け入れる」事ができるってね。

 


そんな部分も全く無いとはいいませんが〜これ実はそう思っている以上は本当の意味での「受け入れる」にはならないんですよ。

 

多くの人が思っているその「認めれる」ってやつには、「こうなったら」が付いています。

「この部分がこうなったら」


「これがこう変えれたら」

「ここが無くなれば」


みたいにね。


まず、この「こうなったら」ってう言う、「こう」が目指しているものがすでに外からの情報なんですね。


本当の自分にとって必要で無いことだったり、「こうでなければ」みたいに思わされていてその「こう」に変われないと、幸せや成功はできないって「誰か」の言葉を漠然と思ってたりします。


そもそも、子育てだって成功論だって幸せになるって事でもですが、1人1人が違うんですよ。


それだのに、「こうならなければ」みたいのが本とかセミナーとかででまわってますよね。

それ自体が「一部の人」の話だし、そう言ってる本人が幸せの本質を理解してない事も多いんです。

 


そんな「こうでなくては」を、よく理解して無くてただ漠然と「そうでない」自分を否定してたりするんですね。

その結果で「認めれない」と、そして「認めれる自分」にならなないから「受け入れられない」となってたりします。


これそもそもの「ゴール」が違いますから認めれるわけないし、たまたまできちゃった人はそれは「もともとがそんな素質」なだけだったりするんですね。


「もともとがそんな素質」の人は、そんな人は「他」が受け入れれてなかったり勘違いしてりもします。


そしてね。


その「認める」って事がそもそもおかしいのです。


できないことや苦手なことをすべて無くして、そうなったら認めれて受け入れれるみたいな感じの人って多いんですよ。


そんな必要なんてないんですよ。


できないことや苦手なことってほとんどが、持って生まれた素質からきています。

でも、その原因になっている素質って自分の「長所」を作ってる素質でもあるんですよ。


長所があるから短所があるんです。


だから、その短所も含めて「ありのままに受け入れる」ってすればよいんですね。

 

ただ、そうは言っても「変える」必要のある部分はでてきます。

それに「成長」もしないといけないから、「今は」できなくてもできるようになる必要があることもありますね。

とくに何かやりたい事があったりするとそれに必要だったりするってのもありますからね〜


まあ、多くの場合はそれも「誰か」から聞いた漠然とした「こうでなくてはならない」だったりして、実はそれがなくてもやりたいことはできちゃったりするんですが・・・・・

 

その「変える」にしてもですよ。


変えるためには「受け入れ」が先に必要なですね。

 

多くの人は、「変えれたら」→「認めれる」→「受け入れる」になると持ってますが、それはいつまでも「自分」との戦いになります。

 

「受け入れる」に「認めれる」は必要ないんです。


言葉のあやでもあるんですが、「認」って言葉の語源って知ってます?

 

「心」に「刀」を突きつけて「言う」のです。


これは心臓に刀を突きつけて「こうなれ」って脅している状態なんですね。


もともとは、王様とか権力者から言われたことに納得してなくても我慢して従うことなんですよ。

逆らうと殺されますからね。心臓に刀を突きつけられてるのと同じですよね。

 

そんな状態で変わったとして「受け入れる」ができるでしょうかね?

 

これね。

「自分」じゃなくて「他人」にたいしての行動だと考えたらわかりやすいと思いますよ。


例えば、仕事での後輩の教育係をしているとしましょう。


その後輩の欠点やダメなところを指摘しまくって否定してダメ出しばかりをしてる。

それで「こうなれば」って言うことを指導しても相手は本心から聞こうとしないでしょ。


欠点やできないことも含めてその相手を受け入れてあげたら、こちらの「こうなれば」って言う言葉にも真剣に耳を傾けてくれるでしょ。


それと同じですよ。自分に対してもね。


「お前ダメなやつ」

「こんなこともできない」

「それじゃダメだ」

そういやって否定してたら、「自分」が聞いてくれるわけありませんよ。


それではいつまでたっても「受け入れる」にはなりません。

 


それっぽく見える状態になるのは、昔の部活と同じですよ。

「先輩が怖いから」ただ、そうなったふりをしているだけです。

 

多くの人って受け入れている人と言うのは、優秀な人で自分を「ダメ」だと思う部分なんて無いのだと思っています。

それは「受けれる」と言いながら「こうなれば受け入れる」って言う「条件付き」でのことです。

そしてその「条件付き」での受け入れは、仮にその条件をクリアーしたとしても「受け入れる事はできません」

なぜなら、それをクリアーするとまた別の「こうなれば」が発生するからです。


変えたい自分があったとしても、それは受け入れることができるからそうなれるんです(多くの場合は受け入れると変える必要がないって気づくんですけどね)


「受」けるの中に「心」って書いて「愛」なんですよ。

多くの人の「愛」は、相手の心臓に刃物を突きつけて「私の言葉を認めなさい。そうしたら受け入れてあげる」って言ってるんですね。


それは「束縛」であって本質的には愛ではありません。

 

愛しても受け入れてもあげれてない相手が、心を開いて自分の言う「こうなると良いよ」を聞きいれてくれるわけがありません。


これは自分にも他人にもやってます。

人は自分に向ってしている事と同じことを他人にしますからね。

 

だから、他人を否定している人はその心の中では「自分を否定」しているんですね。


なので、まずは「ありのままに受け入れること」。

いまは必要と思えないような「短所」もそれがあるからできることやわかる事が、「幸せ」を感じ始めるとあるんです。


まずは、小さなことからでよいので「それでもいいかな」って受け入れてみてください。


それではこれで終わります。

 

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